2003年徳間書店刊の文庫版にした一冊。
転成し続ける犬彦らを描いた「MADARA」シリーズの完結編である天使編の結末を描く。
このMADARAシリーズは大好きな漫画・小説群で、20年くらい経ても好きで好きでしょうがない。
それでも完結しないこの話は次のストーリーはいつ出るのか、と気をやきもきしながら待つのが既にファンの恒例の行事となりつつあるのだけれども、もうでない、と思い始めているファンがいるのもまた事実。
この小説だって、実は先日出ていることを知ったくらいで、大塚英志と田島昭宇はいつまでやるんだ多重人格探偵サイコ
作品も随分長いこと読み返していないし、五年近く経って今更存在を知ったのがファンかと言えば、違うかも知れませんが、それでも好きな作品には代わりはないですし、だって転生編のCDドラマを持っているくらいにはファンではあります。大人になってからはもはやそんなの手に取るなんて出来ないですけれど。
四半世紀を生きた僕に、本作品を買うのは辛かった。ティーンズ向けライトノベルから刊行された「僕は天使の羽を踏まない」なんて、表紙に綺麗な絵でミニスカートの女子高生みたいなのが描いてあったらそりゃ買うのためらうわな。無理だって、こういうの。今月のローリングストーン誌もエヴァンゲリオンの綾波が表紙だから買えなかった。どうしろというんだ。
表紙の絵が田島でないことは百歩譲るにしろ、少なくともハードな感じであればよかったのに。こんなにも萌え系の絵で来てほしくなかった。作品にこういう絵があんまりにもミスマッチというのは大塚英志の小説とか人間性を知っている人にはよくわかっていると思うんだけれども。
大塚英志の小説はエンターテイメント色を交えているけれども、根底は純文学なのだから。
オススメ度:☆☆☆
あらすじは、これまでのMADARAシリーズのストーリーを知っている人に出なければ説明出来る小説ではない。
知らない人には全くもって読み通せない作品で、やや変わったジュブナイル作品かと思いきや、唐突に神殺しの剣や光る球体の話をしてもびっくりされると思います。他のシリーズを全く覚えてない状態で読むと結構忘れていて思い出せない所とかあったけれども、それを思い出せたから随分と楽しむことが出来た。
それでもあらすじを説明すると、主人公はコインロッカーベイビーだった犬彦で、麒麟とともに「終わらない昭和」に108回目となる最後の転生をして生まれ変わった日本を舞台として、生まれ変わったはずの摩陀羅を探す旅をする物語である。
他の様々なシリーズ作品の登場人物の生まれ変わりが半分くらいは出てくるのだけれども、そのどれもが大塚節で描かれている。当然それまでは田島昭宇らの漫画として描かれていたから違う印象を受けるものなんだけれども、大塚の文章にはその筆者の個性が漫画で描くよりも強烈なものがあると思えてしまう。
主要人物なんて思い入れも愛情もあろうが一行後には殺してしまう。
余計な文章をわざと書いてつまんないだろうから飛ばすと書いたり、大塚自身が社会に対して思っている毒を書いたり、自分の関わった裁判への言及を入れたり、私小説に非常に近い立場を取っている風変わりな作品ではある。
しかしこの大塚英志の小説というのは他の作品もこのような書き方で書いている。
僕にとって非常に理想的であり、一番好きな小説かと言ってもいいくらいだ。
不条理さを強く描いているというか、それでも絶望しかなくても、希望を持っている彼らを書いているところが大塚英志を好きになるところと言うか。
大塚英志の格の見せ所となった作品であるのは間違いなく、「天使編」と同じくらい愛せる作品となりました。この結末でいいです、僕には。いつか「天使編」も完結すると待ち続けるのだから。
MADARAを知らない人にはオススメしませんが、シリーズ全部読んでからこの作品を読んでもいいと思える価値が、シリーズにも本作にもあるのではないかと思います。
そのBGMには、おそらくこの一枚。筋肉少女帯「最後の聖戦」、大傑作ヘヴィメタルアルバムです。
オープニング・チューン「カーネーション・リインカネーション」。この歌詞が転生を扱うこのシリーズには最適なはずなのです。ハードロック好きなら橘のギターには必ずうならせられる、非常に高い完成度を誇る楽曲でありますし、一緒に聴くべきでしょう。大槻ケンヂの歌もなかなか悪くない味があります。
また犬を歌った名曲「トキハナツ」、犬死にとわかっていても立ち向かうこれまた名曲「タチムカウ -狂い咲く人間の証明」も特筆すべく楽曲であります。「221B戦記」も忘れるべきではないですが、ちょっとこれは合わないかもしれません。

